AT-1新富士駅店の社長ブログ

新型プリウス、低価格の秘密 [プリウス]

投稿日時:2009/07/02(木) 00:00

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/lcc/20090702/1027462/
2009年07月02日

モータージャーナリスト=清水 和夫 氏

天下のトヨタが大赤字!

 連休明けの5月8日、トヨタが決算発表を行った。平成21年(2009年)3月期は金融危機を引き金とした“自動車危機”が世界中を襲い、年間生産台数が750万台まで減少した。その結果、4610億円の赤字を計上。07年度の3月期の2兆円の経常利益から一気に大赤字に転落した。

 トヨタではさまざまな策を講じるが、2010年3月期の業績予想はなんと8500億円の赤字になる見通しだという。その衝撃が覚めやらない5月18日、新型「プリウス」が発表される。事前の受注予約では6万台を上回る大フィーバーぶりである。

 渡辺捷昭社長も述べているように、新型プリウスはホンダ「インサイト」と並ぶ自動車危機の救世主として期待されている。しかも、4月1日から施行されている「エコカー減税」や、これから実施されそうな「スクラップ・インセンティブ(エコカーへの買い換えに対する奨励金制度)」が、ハイブリッドカーの販売には大きな追い風となるはずだ。

 新型プリウスは、正式な発表前から価格が話題となっていた。ベースモデルを205万円、現行車(第2世代併売)を189万円にするという朝日新聞の報道は、自動車専門家の予測を裏切るものであった。しかし、トヨタのディーラーでは、すでに205万円の低価格で事前受注が行われている。この価格で、スマートキー、VSC(自動安定装置)、側面衝突の有効な頭部を保護するカーテンエアバッグが備わる。ホンダのインサイトに同じ装備をした場合、プリウスよりも価格が高くなる可能性があるという。

 そう考えると、新型プリウスの価格はインサイトを脅かすどころか、プリウス以外のトヨタ車にも大きな脅威だと言えるだろう。

低価格はすでに決められていた?

 プリウスの価格はホンダを意識したものという見方もあるが、自動車の価格は発売直前にいきなり下げることはできない。もともと収益の少ないハイブリッドの叩き売りは、できないはずである。

 実は、トヨタ関係者は暗に低価格路線を示していた。第57回でも述べた通り、トヨタはさまざまなハイブリッドシステムを市販してきたが、現在は「THS(トヨタハイブリッドシステム)」と呼ばれる、2モーターシステムに統一している。その理由は多様な電子デバイスをそれぞれに開発することが、いかにコスト増につながるかを経験してきたからだ。

 複雑なメカニズムであるTHSを共通化すれば、膨大なアルゴリズムを持つ電子制御開発のコストが大幅に低減できる。そう話すチーフエンジニアの大塚明彦氏の言葉には説得力があった。大塚氏はベルトCVTを使う1モーターの「エスティマハイブリッド」の開発を経験してきた人物である。つまり、間もなく発売される第3世代のプリウスは、開発当初から低価格路線が敷かれていたのだ。

 今年はトヨタにとってハイブリッド元年になるだろう。5月のプリウスに続いて、7月にはレクサス専用ハイブリッド「HS250h」が発売されるかもしれない。4ドアセダンでゴルフバックが4つも載るスペースを持っている。このプラットフォームは基本的にはプリウスと同じで、「カローラ」がベースだ。

 しかし、HS250hに与えられるパワープラントは、すでに北米で発売している「カムリハイブリッド」の2.4LエンジンのTHSだ。このアッパーミドルの高級セダンハイブリッドは、ベース価格が395万円と予想される。気になるのはトヨタブランドからも、このレクサスHS250hの兄弟車が「サイ(Sai)」という名前で登場すると噂されていること。

自動車が持つ価値の本質

 一方、V6エンジンのハイブリッドとして、レクサス「RX450h」も登場する。パワープラントはすでに発売している「クラウンハイブリッド」とレクサス「GS450h」と同じだ。来年にはプリウスの派生車種であるワゴンやミニバンも追加され、2年以内には1.3Lの最低価格ハイブリッド車も開発されそうだ。

 トヨタはこうしたハイブリッド車を増やしながら、早期の年間生産台数100万台を目指している。そのための低価格戦略が、今回登場した新型プリウスの205万円の意味なのかもしれない。

 ところで、最近のユーザーは「とにかく燃費ですから」と異口同音である。しかし、燃費という性能は極めて誤解を生じやすいので、少し補足しておきたい。

 そもそも日本の燃費対策はオイルショックから始まったと言っていいだろう。エネルギー自給率が低い日本の自動車産業界は、海外から資源(資材)を輸入し、それを「加工・工夫」して世界の国々に輸出するというビジネスモデルを持っていた。したがって、石油の高騰は日本にとって国家の危機であり、戦後復興を果たして順調に成長していた日本経済にとって大きな障壁となるのである。したがって、このときから“省エネ”という発想が日本人の心の底に染みつくようになった。

 しかし、「エコカー」と呼ばれる自動車は「エネルギー効率」が重要であって、「省エネ」とは異なる概念だ。自動車の省エネではクルマの走りを我慢してでも、燃料消費量の削減だけが正義となる。そこには自動車が本来持っているスピード(時間)という価値が含まれないのだが、この価値を忘れてはいけない。

 もう少し分かりやすい例を出すと、ドイツメーカーが奨励するエコドライブテクニックは日本のそれとは異なり、移動時間を短縮するスムーズなドライビングも教えている。欧州ではスピードという価値を無視してまで、燃費を追い求めることはあり得ない。そんな考えでは自動車の本質的な価値を失うことになってしまう。「エコ、エコ、エコ」と環境を意識するほど、燃費だけが1人歩きする日本の現状は、やや行き過ぎていると思うのだ。

真の低炭素社会を目指すには

 いま、日本のユーザーがすべきことは、クルマの移動平均速度を高め、かつ燃費が良いクルマが“本当の”エコカーだと理解することである。もっとも移動速度は交通環境とも関係するので、自動車だけでは解決できない課題が山積されている。もし、皆さんが本気で低炭素社会を考えるならば、自動車だけではなく、社会インフラとしての道路整備や都市計画まで踏み込んで考える必要があるだろう。

 今回の新型プリウスはエンジンが1.5Lから1.8Lに拡大されたことで、先代までの弱点であったスピードを克服している。日米でどんなにプリウスが評価されても、自動車発祥の地である欧州では、プリウスはまだベンチを温める控え選手のようなものだった。欧州ユーザーが求める高速性能を向上させることは、第3世代のプリウスの使命であったのだ。スピードと燃料消費率を両立させてこそ本物のエコカー――グローバルカーを目指すプリウスにとって、大きなチャレンジであったに違いない。

 プリウスは、まるでレクサス「LS(旧セルシオ)」のように音も立てずにスルスルと、あたかも坂道を自然落下するように走り出す。この無表情なパワートレーンに最初は馴染めなかったが、最近ではむしろ音なしで動き出す忍者のような感覚が当たり前だと思うようになった。

 プリウスが採用するシステムはエンジンとバッテリー(電気エネルギー)の連係プレーで効率よく走ることが可能だ。頭が良いコンピューターが見事に支配する、そのシステムの仕組みを熟知すると、コンピューターの頭脳を人間の頭脳でさらにレベルアップできるのだ。オーナーのなかには40km/Lを走破する強者も少なくない。そのコツは加減されるバッテリーの電気容量を意識することだという。

 こうして日本各地ではオーナークラブが自然に誕生し、プリウスの燃費を競うゲーム感覚のドライブ術で盛り上がっている。例えば「1000マイルクラブ」では、1回の給油で1609km(1000マイル)走ると、お祝いとしてステッカーを手にすることができるという。なかにはワンタンクで2500km走行した人もいる(エアロパーツで空気抵抗を低減)。今までは自動車のスピードに魅了されてきたが、最近は自動車の燃費に魅了される人たちが増えている。

 最近はF1もル・マンのレーシングカーも「KERS」という、ハイブリッドの機能の一部である回生エネルギーを使う時代になった。スピードと燃費の両立は21世紀の成熟した自動車の新しい価値だ。新型プリウスは、新しい自動車文化の世界を切り開いたと言えるだろう。

プロフィール

清水 和夫(しみず・かずお)
プロフェッショナルなレースドライバーとして国内外の耐久レースで活躍する一方、自動車ジャーナリストとして活動を行っている。ドライビングを科学的に分析する能力はクルマの正確な評価にも生かされ、シャープな論評は支持者が多い。
ジャーナリストとしては国内だけでなく、海外にも活動を広げ、自動車の運動理論、安全、環境、ITSのみならず、自動車国際産業論にも精通し、多方面のメディアで執筆活動を行っている。本年10月には、日本放送出版協会より「ITS」を出版。
ボランティア活動としては、CRS普及活動を行っている「子供の安全ネットワーク・ジャパン」、「妊婦のシートベルト着用を推進する会」などの会をサポートしている。近年は、救急法(ファーストエイド)・AED(除細動器)の普及活動も行っている。

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